その1 はじまり

1981年全国的にビストロブームが始まった頃でした。
フランス料理の世界ではヌーベルキュイジーヌ(新フランス料理)という言葉が、合言葉のように飛び交っていました。
ミクニさん、「オーミラドー」の勝又さん、「ラ・ロシェル」の酒井さん、「シェ・イノ」の井上さん、石鍋さんなどが活躍し始めたのもこの頃です。

こんなビックネームが出始めの頃、彼らの先輩格で、全国的に有名なシェフが静岡におりました。「ルイ・ラツール」の大藤シェフです。月刊・四季の味の常筆者でもありました。
その大藤シェフの一番弟子が静岡のヌーベル・キュイジーヌの若手のホープとして売り出し中の「シェ・薩川」の薩川シェフでした。
その薩川シェフが、「シェ・シノワ」という中華素材を使った高級フレンチのお店を、新規で任される事になりました。そこに、ホール責任者として呼ばれたのが、富田さん(現バーテンダー・オーナー)そして当時見習いの私でした。ここから、物語は始まります。
街中では「アラスカ」の井出さん、「オートロアシェフ」の杉本さん、「スリージェイ」の茂泉さん(のちレストラン・ムッシュ)などが活躍しておりました。
この頃、フランス料理界には活気があふれていました。違う職場の見習(アプランティエ)同士が、酒を飲んでいても、料理の話に夢中で、料理以外の話題が出ないくらいでした。