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物語 その9 「自分で店を開くんだと誓ったあの日」

中華街の食事も終わり、夜はいよいよ憧れの「レストラン ラ・マーレ・ド茶屋」

昔、テレビドラマ「かもめ」の舞台だったと思います。

湘南海岸の端っこ、葉山港の左側の突端にあります。こんな所に立てていいの?って言うぐらい海に近いのです。
そして、今はあまりにも有名な「キハチ」の熊谷喜八氏がここでシェフをしていました。

この頃、三国氏が店を構え、本を出され、勝又シェフが箱根にオーベルジュを開店され、シェフ石鍋クイーンアリスが出版されました。
特に勝又シェフは東京で2店舗あったレストランを整理してオーベルジュですから本当にびっくりでした。イタリアンでは麻布のアルポルト片岡護氏が大学出の凄腕シェフという事で知名度が上がり、世の中の風が少しずつエスニックの香りが流れ、周富徳さんがテレビに出始めた頃でした。

そのお店は一階が受付クローク、二階がレストラン、三階が確かパティスリーだったと思います。二階へ行く階段を上りきった瞬間、呼吸が止まりそうになりました。テレビで見たとおり客席の向こうはまるで海、おおい尽くす夕日・・圧倒されてしまいました。

テーブルに座ると手書きのメニューが置いてあり、その横にはグラス・・どんな小物も素敵に見えてしまう。何年か前は、青森の田舎で、このレストランを舞台にしたドラマを見ていた。それが今、料理人を目指してここにいる。しばし、運命の不思議さに驚いてしまいました。

まもなく運ばれてきたのは地元のすずきのラマ−レ風海草蒸、ブイヤベースなどなど。それぞれが、前菜とメインを頼んだのですが誰が何をどれだけ食べたか憶えていないんです。ただ何故か田舎の事を考えていました。

「田舎を出る夜行列車」・「乗り込む私」・「無口な親父が、自分の好きなオールドパーとするめを差し出した事」。「『お前の好きなコロッケ作りすぎたよ』と手紙をくれた母」。「雪かきを終えてストーブの横で眠るように逝った祖母」。夕日をいっぱい浴びすぎて感傷的になったのかもしれません。

ただこの時初めて明確に自分で店を開くんだと誓いました。

頭の中で矢沢が歌っていました。

「闇に向かって 突っ走るのさ どこまでも ホームのあの娘にハロー グッパイ・・」

もう後がない。そんな想いでした。

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