その20 ノエル(クリスマス) その1

ヒデと仕事をしていよいよ年末。最大のイベント、ノエル{クリスマス}です。
この頃は、ホテルやフレンチのお店は、クリスマス特別ディナーを提供していましたが、洋食店では、平常メニューで営業する店も多く、ヒデの前の店も、私が働いた前の店もノエルに特別なメニューはありませんでした。シノア時代に経験し、きらびやかなノエルの雰囲気は、いつか自分でメニューを立ててやってみたかった。
予算がないので、店の前に手作り告知板に人伝て宣伝、アルバイトの人数確保、打ち合わせ・・・慌ただしく準備が進みます。でも、実績がない初めてのノエルで客席が埋まるのだろうか。独りよがりで終わるのかな。しかし、12月の一週目に2日間のディナー6割が予約で埋まり、そんな心配を吹き飛ばしてくれました。手応えがあった分プレッシャーは相当なもの。連日、通常オーダーの合間をぬって段取り、そんなこんなで過ごしていると、いつのまにか予約帖はコンプレ(満席)。ビールを飲む余裕はなくなりました。
オードブル、第一の魚料理、第二の魚料理、牛フィレ、デザート盛り合わせ。特にデザートは、お客さんの印象に残るもの。頑張りました。ヒデと前日徹夜で、ケーキ2種にソルべ2種、プラムの赤ワイン煮、アーモンドのチョコレートがけ、プチシュー、フルーツ・・・全て終わったときは、お昼のアルバイトさんが出勤の頃でした。
いよいよノエルの始まり。アルバイトの皆は、緊張はしているものの、打ち合わせ通り動いてくれている。料理もスムーズに出す事ができている。BGMのクリスマスソングが心地よく、お客さんも笑顔、テーブル毎にドラマの主人公になれている。最後のデザートを出し終わり、その光景に感動しながら見とれていると、バイトのカズピンがしゃがみこんでいる。緊張しすぎて貧血?かなと思い様子を見ていたが、なかなか立ち上がろうとしない。ヒデと私は清算とお見送りで手が離せなかったので、しばしそのままでおく事にした。・・・最後のお客さんが帰り、声を掛けてみたら「チーフ、私、立ち直れない!」
「どうしたカズピン?」笑っているような、泣いているよな複雑な顔のカズピン。  
「すいません!私、おならしちゃった。」「えっ!?」「デザートの時緊張してて、皿を出す時、横のお客さんの近くにおしりが行った時出ちゃったんです。」「うそー」「そしたら、そのお客さんに、がんばってな、って励まされたんです。笑いながら・・」大大爆笑!!
もう、びっくり!どうりで・・お客さんと顔合わせられなかったのですね。大丈夫だよカズピン。おかげで売り上げも達成、クリスマスも成功、一生忘れられない思い出ができたよ。その日のビールが旨かったのは言うまでもありません。打ち上げは感動でした。
この頃東京ではラマーレ・ド・茶屋の料理長、熊谷喜八さんが独立され脚光を浴び始め、エスニックなエッセンスをちりばめたフレンチなど、独創的な料理が勢いを増し、グルメ本、グルメ番組が急速に部数を伸ばし、ポケベルも一気に広まっていきました。
この時はまだ、店がもうすぐなくなるとは思ってもいませんでした。