その30 ヒデと最後のヌーボー

新婚旅行から帰るとななにやら妖しい雰囲気が漂う仕事場。上司達がまるで盾を持って近寄るなと言っている様、それからバタバタと人員移動が始まった。何かの前触れだとは感じていたが、約2年で荒句路が撤退になるとは・・・。沼津に帰る者、清水に残る者、あっという間の解散。そして、経営が米久になり私が一階の料理長になったのでした。

流れは急には変えれないということで、和食部分を少し削り洋食メニューを増やしたり、レシピ改良とか少なくなった人員の補強とか、三階ホールの和洋中メニュー設定とか告知メニューの撮影とかであっという間に半年経っていたのでした。人員が集まるまで三ヶ月間、まともに休みが取れず、気が付いたら半年。そろそろヌーボーをむかえる季節になっていました。人員も休みが取れるぐらいに増え、ヌーボーが出ると毎年ヒデと酒を飲む事にしていたので、安心して休めるなあと思っていたらヒデから電話。

お茶屋の仕事も回りに教えてもらいながらうまくいってる。そろそろヌーボーですね、いつ行きますか? チーフの方はどう? そうかあ、大変なんだ。休みが決まったら電話して下さい。
たわいもない話から・はんどるや・の頃の話になり、今度飲みながらねという事に。

あっという間にヌーボーがはじまり、シフトを決めてヒデに電話しようかと料理長デスクに戻ると電話が鳴った。〇〇さんからです。と言う内線で、ヒデだと分りすごいタイミングと思い電話に出ると女性の声・・・何・お姉さん?・何? 感覚がなくなる
「ヒデが事故で亡くなりまし・・・・・。」
わからない、わからない・・何も聞こえない・・

通夜の帰り、車の中にはかつてのバイトの仲間たち。駅まで送る時、気が付いたら、いつのまにか昔の店の前にいたのです。面影はなくなっているけど確かにみんなで働いた店です。思いっきりクラクション鳴らしました。サヨナラです。みんな大声で泣きました。
ヒデが煙になる時、ヌーボーとつまみに鴨を焼いて入れました。煙はずっとずっと遠い所までのびていきます。一緒に飲みたかった。
「もう一軒行っちゃう?くくく・・」
ヒデの元気な声と”くくく”の引き笑いが消えない。

今年もヌーボーの季節。ヒデと最後のヌーボーは飲めなかったけど、ヒデの思い出のだるまと一杯飲んで見ましょうかね。

ヒデと一緒にはんどるやの頃の思い出のだるま
ヌーボーとビールとシャトーマルゴー
未だ片目は入らず