その40 お尻の思い出 その1

御殿場高原地ビールが葵区の○○ホテルの直ぐ横のメデイアシティーというビルに開店して、ベルジュは騒動が収まったものの、バブル経済が急転直下の下降線を描き、それぞれの企業は四苦八苦している中でポケベルから携帯電話へ急速に普及し、世の中がパソコンとともに急激な変化をしていくのでした。

多くの個人経営の喫茶店が大手ファミレスのドリンクバー等に押されて姿を消し始め牛丼戦争が激しくなり、回転すし、持ち帰り寿司が勢いを増し個人のお寿司屋さんが危機感、警戒感を持ち始めたのもこの頃です。
時代が何か大きな曲がり角に来ているなと思いながら屋上で休憩の私です。折り戸湾と富士山は相変わらず綺麗で、夏まじかの潮の匂いが大分きつくなっています。私の暑苦しい体型も相変わらずそのままで、さっきも、屋上に上る階段でおしりの縫い目がプチッとほつれたのが気になっています。

自衛隊の同期の結婚式の招待状を片手に、どうしようかな・・と考えていました。
3階のイベントホールでの婚礼やパーティ予約が入らなければ出席出来るかもしれません。実の弟の結婚式の時は、ちょうど荒久路から米久に移った時期で人手がなく出席出来なかったことを思い出していました。今だったら出れたのになあ・・妹の結婚式は出れたのに可哀想なことしたなァ・・と思った瞬間余分なことまで思い出してしまいました。

妹の結婚式は兄弟で初めてでした。まだ荒久路の時代に青森の五所川原という町の文化会館(だったと思います)で披露宴をしたのですが一日一組だけで、式の初めから地方色豊かに〇〇太鼓の演奏、婦人会の踊り等が並び、司会の方が・・今日は時間の方は特に区切ってございませんので心ゆくまで御気の済むまで御飲みになられて・・・というあたり、都会ではありえないだろうなと思いながら、青森らしくてうれしくなったの覚えています。

ただ披露宴に入る前の、神前式でのこと、かしこみかしこみ・・と厳かな雰囲気で、宮司さんの祝詞を聞きながら手を合わせたり立ったり座ったり。・・・妹が嫁ぐという事実に感動を味わっていた私でしたが、クライマックスの三々九度になり着席してくださいという声とともに、ガッターンという大きな音と共に地面に万歳の姿勢で仰向けになった私がいたのです。おまけにズボンの尻が裂けている!?驚く新郎の顔、角隠しに白無垢の衣装で馬鹿笑いの妹、あわてる横の弟とおふくろとおやじ。布張りの折りたたみ椅子がものの見事に壊れていました。

・・・いや、壊しました!

列席した皆さんが一斉に笑ってくれたからまだ救われましたが、それが失笑だったらとても宴会に出れたもんじゃないですよ。はは・・その一部始終は彼女の結婚記念ビデオに収まってしまった。