その53 月日の流れ2 2010~

「母さん、お願いな。」

そう 言いかけた時

「おかあさん!」

という声   、、  亡くなった。母さんがこの世に居なくなった。全身の力が 何処かに行きました。

母さんが危篤と聞いて 毎週 静岡から青森に来ていて、もう静岡に帰る間際の事でした。

母の亡骸を実家に置いて 、そのまま新幹線に乗らねばならない時から 、時計が止まってしまいました。この後 起きた事柄が大まかにしか 思い出せなく、その事柄の後先が記憶になくなってしまったのです。仕事は出来ているものの、 辛く長い時間でした。どれだけの月日がたったのか分からないまま、その日が来た。昼の営業を終え、発注のメモ書きをしている時、それは突然やって来た。身体が揺れる、横にも縦にも。地震だ!大きいぞ、一瞬揺れが小さくなったところで外に出ると、近所の人も出てきていました。東海大地震がくるのではと言う事が、頭の隅にあったので、もしや 次の揺れが来るのか?と暫し立ち尽くす。

幸いそれでおさまったものの、何か嫌な感じを残したまま 夜のスタンバイをしようとした時、家で夕食の準備をしていた妻から電話。

   「さっきの地震、宮城県で大変な事になってる!津波で車や船がながされてる!」

  その夜 自宅でみたニュース映像は、この世の物ではない光景。母が亡くなった時と同じ強烈な稲光が頭に走った。息が止まりそうになる。、、続


まだまだ 消費は回復せず、消費税増税の声が聞こえ、兄貴的な存在だった藤枝のレストラン ポトフがラーメン屋に転身し、シェ薩川が街中に再度移転し、鷹匠町周辺に個性的なお店が増えていきました。

静岡で初めて開店数より閉店数が上回ったのもこの頃でした。